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2007年6月 2日 (土)

哲也の寿司

Udon04

第1回 竹洞組前夜①

皆さんこんにちは。変態・死体役でおなじみのイレギュラー俳優・サーモン鮭山です。
でも、恋する時はただの一人の男です。

ご存知の方もいるかと思いますが、テツヤ・タケホラ氏とはN映画学校の同級生であります。
ピンク業界、身近なところではK松公典さんとK藤義一監督がN芸術学院の同級生同士だったりしますが、
あの2人ほど犬猿の仲でもなく、タケホラ氏とは割り切った大人の関係をキープしています。
その証拠に、毎回友情出演程度のギャラしかもらってません。
友情、放棄したいです。

タケホラ組の現場では、唯一監督だけが僕のことを「ナカムラさん」と呼びます。
「ナカムラ」というのは僕の本名です。
本名には「サーモンサケヤマ」の一文字も入ってません。

学生時代、タケホラ君とは一度も映画の話をしたことがありません。
たまたま僕ら2人とも出身が青森なのですが、僕は青森の中でも大都会に住んでいたので、
タケホラ君が生まれた人口39人ほどの小さな村のことを知りませんでした。
タケホラ組の製作プロダクション名・「ブルーフォレストフィルム」は青森を何のヒネリもなく直訳したものです。

ちなみに「竹洞」という苗字は青森でも珍しく、18年間住んでいた僕でも聞いたことがありません。
映画学校のある講師は、出席を取る度に「チクドー、チクドー」と呼んでいました。

しかしタケホラ君の返事はありませんでした。
学校に来てなかったからです。
噂では友人の家を転々としていたようです。
いつ風呂に入っていたかも不明です。
寿司屋でバイトしていたそうですが、そんな彼が握る寿司は何も混ぜなくても酢メシになっていたと云います。

ぶっちゃけ、全く目立たない学生でした。
年に数回ある撮影実習でも、プロデューサーや監督、脚本といったメインのポジションを
担当することはほとんどありませんでした。
その頃の彼の作品で僕の手元に残っているのは、「POCARI SWEAT」という題の短編小説?だけです。
そのぐらい、タケホラ君はポカリスエットのように透明な存在でした。

さて。
卒業後、テツヤ・タケホラ君と僕とは、しばらく別々の道を歩むことになります。

タケホラ君はピンク映画の助監督になりました。
最初についた現場で、彼の面倒をみたのが加藤義一助監督でした。
タケホラ君は今でも感謝の意を表して、先輩のことを「カトキチ」と呼んでいます。
ちなみにもっと後輩の城定秀夫氏も「カトキチ」と呼んでいます。

・・・なんだか加藤さんが可哀相になってきたので、次回に続きます。

(写真は『恋味うどん』の現場で)

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